長野地方裁判所 平成4年(わ)32号 判決 1995年3月08日
本籍
長野県松本市大字笹賀二九九三番地一
住居
右同
畜産業
小山在哲
昭和一三年四月一日生
事件名
所得税法違反被告事件
検察官
佐藤孝明
主文
被告人を懲役二年及び罰金六〇〇〇万円に処する。
右罰金を完納できないときは、金二〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
この裁判の確定した日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。
訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、長野県松本市大字笹賀二九九三番地一に居住し、「小山畜産」の名称で肉用牛の肥育、販売等を目的とする畜産業を営んでいるものであるが、自己の所得税を免れようと企て、肉牛販売収入の一部及び雑収入の全てを除外するなどの方法により所得を秘匿した上
第一 昭和六二年分の実際総所得金額が一億七八一五万六七五〇円あったにもかかわらず、昭和六三年三月一五日、長野県松本市城西二丁目一番二〇号所在の所轄松本税務署において、同税務署長に対し、昭和六二年分の総所得金額が一三六八万八七六一円でこれに対する所得税額が二九六万〇七〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま納期限を徒過させ、もって、不正行為により、同年分の正規の所得税額九八六〇万八一〇〇円と右申告税額との差額九五六四万七四〇〇円を免れ
第二 昭和六三年分の実際総所得金額が一億七八九三万七四八七円あったにもかかわらず、平成元年三月一三日、前記松本税務署において、同税務署長に対し、昭和六三年分の総所得金額が一六五六万四五四七円でこれに対する所得税額が四〇一万一六〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま納期限を徒過させ、もって、不正行為により、同年分の正規の所得税額九七三二万六四〇〇円と右申告税額との差額九三三一万四八〇〇円を免れ
第三 平成元年分の実際総所得金額が一億四七九一万〇〇六三円あったにもかかわらず、平成二年三月一五日、前記松本税務署において、同税務署長に対し、平成元年分の総所得金額が二一七〇万四五三〇円でこれに対する所得税額が七六四万三六〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま納期限を徒過させ、もって、不正行為により、同年分の正規の所得税額六八九六万二五〇〇円と右申告税額との差額六一三一万八九〇〇円を免れ
たものである。
(証拠)(括弧内の甲乙の番号は証拠等関係カードにおける検察官請求証拠の番号を示す。)
判示全事実につき
一 被告人の公判供述、第一回公判調書中の被告人の供述部分、検察官調書四通(乙二ないし四、二五)、質問てん末書二二通(乙一、五ないし二四、二六)、答申書(乙三二)
一 証人油井克夫の公判供述
一 第二回ないし第五回の各公判調書中の証人森川諒三の供述部分、第六回公判調書中の証人幅孝作の供述部分、第一〇回公判調書中の証人村山璋一、同清水明、同村山達男の各供述部分、第一一回公判調書中の証人中沢義治の供述部分
一 佐原比吉(甲三六)、小山又詩(二通・甲三七、三八)、小山こと洪將元(甲三九)、小山日成(二通・甲四〇、四一)、池村修(甲四九)、西川一男(甲五〇)、降幡勇亀夫(甲五二)、冨永健一(甲七九)、小山こと金喜伊子(甲八〇)の各質問てん末書
一 販売金額調査書(甲二)、雑収入調査書(甲三)、期首商品棚卸高調査書(甲四)、期末商品棚卸高調査書(甲五)、雇人費調査書(甲六)、減価償却費調査書(甲七)、利子割引料調査書(甲八)、租税公課調査書(甲九)、家畜費調査書(甲一〇)、飼料費調査書(甲一一)、農具費調査書(甲一二)、農薬衛生費調査書(甲一三)、修繕費調査書(甲一四)、動力光熱費調査書(甲一五)、作業用衣料費調査書(甲一六)、農業共済掛金調査書(甲一七)、荷造運賃手数料調査書(甲一八)、通信費調査書(甲一九)、車輛費調査書(甲二〇)、燃料費調査書(甲二一)、爪切代調査書(甲二二)、雑費調査書(甲二三)、旅費交通費調査書(甲二四)、接待交際費調査書(甲二五)、消耗品費調査書(甲二六)、保険料調査書(甲二七)、賄費調査書(甲二八)、支払家賃調査書(甲二九)、支払手数料調査書(甲三〇)、廃棄損調査書(甲三一)、事業専従者控除調査書(甲三二)、短期譲渡所得調査書(甲三三)、雑所得調査書(甲三四)
一 検査てん末書(甲四七)
一 松本税務署長作成の回答書(甲四二)、写真撮影てん末書(甲五一)、査察官報告書三通(甲七七、七八、八一)
一 「税金申告書類(S63)」と表題のあるノート一冊(平成四年押第一六号の一)、「元年分所得税必要書類63年度分」と表題のあるノート一冊(同押号の二)、「所得税必要書類綴」と表題のあるノート一冊(同押号の三)、昭和六二年肉用牛売却証明書一束(同押号の四)、昭和六三年肉用牛売却証明書一綴(同押号の五)、肉用牛売却証明書(平成元年分)一束(同押号の六)、総勘定元帳一冊(同押号の七)、「肉牛出荷明細書(S63・9月より平成元4/7」と表題のあるノート一冊(同押号の八)、「出荷伝票(平成元4/14~)」と表題のあるノート一冊(同押号の九)、肉用牛売却証明書一袋(二四束在中)(同押号の一〇)、「仔牛価格明細(昭和62年度分)」と表題のあるノート一冊(同押号の一一)、「仔牛買付明細(昭和63年度10月より)」と表題のあるノート一冊(同押号の一二)、申告所得調査関係書類つづり一綴(同押号の一三)
判示第一の事実につき
一 作道哲雄の質問てん末書(甲三五)
(補足説明)
一 租税特別措置法(以下「措置法」という。)二五条(肉用牛の売却による農業所得の課税の特例)の適用の有無等について
弁護人は、本件各年分の所得については措置法二五条が適用される場合であるから、本件各年分のうち、措置法二五条による税額を超える部分についてはいずれもほ脱の故意がない旨主張するので判断する。
まず、措置法二五条の適用を受けるためには、確定申告書にその適用を受けようとする旨及び同条の規定する事業所得の明細に関する事項を記載し、かついわゆる売却証明書等を添付する必要があり、この記載等がない場合は、税務署長がやむを得ない事情があると認めない限り、同条の適用を受ける余地はないのであって、確定申告時に右規定の適用を受ける意思がなかったことが明らかであれば、法定納期限経過後、同条の適用を受ける意思が生じ、事後的にやむを得ない事情があったと認められたとしても、ほ脱犯の成否との関係では、同条の適用があることを前提に故意を争ったり、実際所得金額を争うことは許されないものと解するのが相当である。
そして、関係証拠によれば、被告人は、本件各年の確定申告時には、収支計算により算出した所得税を申告しており、同各申告書には同条の適用を受ける旨の記載がないことは明らかであるから、同条の適用がある旨の主張及びその適用を前提とした主張は失当である。
なお、被告人の所得は畜産業によるものであるから、措置法二五条の適用を受けるためには、その他に被告人に帰属する農業所得が必要とされるところ(同法二五条一項、所得税法二条一項三五号、所得税法施行令一二条)、第一〇回公判調書中の証人村山璋一、同清水明及び同村山達男の各供述部分によれば、弁護人提出の証明書三通(弁一四ないし一六)は、被告人が作成目的を偽って村山璋一に依頼して作成してもらったものであることが認められ、また、右各供述部分によれば、昭和六二年から平成元年までの間に、被告人が牧草又は青刈りを耕作していなかったことが認められ、これに反する被告人の公判供述は信用できず、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。したがって、昭和六二年ないし平成元年は、被告人において措置法の適用を受ける資格があったともいい難いところである。
二 実際総所得金額について
弁護人は、本件各年における期首期末の牛の頭数、死牛等の事故牛の頭数、被告人が第三者から委託を受けて被告人名義で販売した牛(以下「受託販売牛」という。)の頭数を争い、国税局による実際所得金額の調査が正確でないとして、その証拠関係について種々主張するのでその主な点について補足して説明する。
1 まず、国税局による期首期末における牛の頭数の計算方法の正確性について検討すると、被告人の公判供述、証人油井克夫の供述によれば、<1>関東信越国税局査察部の約一〇人の担当官(以下「査察官」という)が、平成二年一一月六日午前九時ころから午後四時か五時ころまでかけて査察調査した際、実際に頭数を確認したところ、同日現在の被告人の在庫牛総数は一四〇四頭であったこと、<2>期末頭数=期首の頭数+仕入頭数-(販売頭数+死牛頭数÷全廃頭数+自家消費分の頭数)となる(なお、販売頭数には事故牛であるが枝肉が売れた「廃牛」が含まれており、「全廃」は、全く枝肉が販売できずに廃棄されたもののみを指す。)から、前記の頭数を平成二年の期末の頭数と考えて販売頭数、死牛頭数、全廃頭数及び自家消費分の頭数を把握して順次逆算し、各年の期首期末の頭数が算出されたことが認められ、右の実際の調査結果に基づく期首棚卸高調査書(甲四)及び期末棚卸高調査書(甲五)の頭数の算出確定方法に疑問な点はなく、右各調査書の記載内容は十分信用できる。
なお、弁護人は、期首期末の牛の頭数は、家畜共済加入の際の調査結果と矛盾することを理由として、国税局の調査結果が正確でない旨主張するが、関係証拠によれば、家畜共済加入の際の調査は五人位で半日をかけて調査する程度の概数調査にすぎないことが認められ、家畜共済加入の際の調査結果が正確な数値であるとするには疑問がある上、家畜共済加入状況証明書(弁四四)に記載された頭数は昭和五九年以降いずれも二五の倍数という不自然さも窺われることなどに照らし、弁護人の主張は採用できない。
また、弁護人は、被告人の規模の畜産業者の棚卸は非常に困難であることから、期待可能性がないという趣旨の主張もするので、この点について判断を示すと、法律上は収支計算による以上は棚卸が必要であり、本件においても、調査の結果収支計算によって税額を確定することができたこと、査察調査が長期化した原因は、調査対象が三年分であったことのほか、売上について、被告人が後記の受託販売牛を特定するための完全な書類を作成しなかったり、紐つけを容易にできるような帳簿書類を日ごろから作成しなかったことから、売上の確定や棚卸のために必要な書類が乏しかったこと、経費に関する領収証を保管せずに、反面調査にも時間を要したこと等にも起因しているから、査察調査が長期化したことをもって、毎年ごとの棚卸が非常に困難であったとまではいえず、弁護人の右主張は採用できない。
2 次に、弁護人は、事故牛の頭数については、被告人は、家畜共済組合に対し、実際の事故頭数よりも少なめに共済金給付を申請していたのであり、実際の事故牛の頭数はそれよりも多かった旨主張するが、家畜共済は事故による損失の補填のために加入するものであり、実際の事故頭数よりも下まわる頭数を申請しなければならないような特段の事情がない限りは、事故頭数に見合う申請をするのが通常であると考えられるところ、本件においては被告人において過少申請しなければならなかったような特段の事情も見当たらず、松本市の家畜共済給付金の関係の資料を根拠に事故牛の頭数を確定した調査結果の正確性に疑問な点がなく、弁護人の右主張は採用できない。
3 弁護人は、販売金額調査書(甲二)では、受託販売牛を年間一二頭しか考慮していないが、実際は年間三六頭存在していた旨主張する。
しかしながら、証人油井克夫の供述、被告人の質問てん末書三通(乙五、六、一〇)、被告人の答申書(乙三二)、佐原比吉の質問てん末書(甲三六)及びその他関係証拠によれば、査察官は査察調査の際、被告人名義の取引の中には受託販売牛が含まれていることを把握し、被告人からの聞き取り調査の結果などから、昭和六二年ないし平成元年については受託販売牛の出荷先は京都中央畜産のみであったことや、受託販売牛のうち被告人が委託者名を明らかにした分については、販売金額が委託者に直接振り込まれていること等の状況や反面調査の結果から受託販売牛を特定し、被告人が委託者名を明らかにしなかった分は、被告人が作成提出した答申書(乙三二)をもとに、昭和六二年ないし平成元年について年間それぞれ一二頭であることを特定したことが認められるところ、前掲の販売金額調査書(甲二)が右過程を経た上、査察調査当時の被告人の認識をもとに作成されたものであることに照らし、その信用性は高いものと認められる。
なお、右主張に沿う被告人の公判供述についてみると、被告人は第一三回公判においては、その内容はともかくとしても被告人が査察官に対し「一二頭」という数字を申し出たかのような供述をしながら(第一三回公判調書の被告人の供述部分の二丁表)、第一六回公判では、査察官から「一〇〇万円以下のうちでも俺も操作するから適当な牛の番号を書き出して一二頭だけ書け」と命じられた答申書を作成した(第一六回公判調書の被告人の供述部分の一七丁)などと供述が不自然に変遷している上、被告人名義の取引については、経験則上被告人の計算で販売されたものと推認されるのであって、被告人において委託者の氏名を明らかにし、その者の裏付けを得るなどして右の推認を動かす証拠を提出しない限り、被告人の収入として計上してよく、受託販売牛として除外する必要はないものであって、査察官が右答申書の作成を強要する必要はなかったことが考えられることなどを考慮すると、被告人の右供述は信用できない。
4 その他弁護人指摘の点を検討しても、判示認定の本件各年分の実際総所得金額を動かすに足りる証拠はない。
三 故意について
1 不正な行為の存在
被告人の公判供述、検察官調書(乙二五)及び質問てん末書三通(乙一、一〇、二六)、第二回及び第三回の各公判調書中の証人森川諒三の各供述部分、松本税務署長作成の回答書(甲四二)、「税金申告書類(S63)」と表題のあるノート一冊(平成四年押第一六号の一)、「所得税必要書類63年度分」と表題のあるノート一冊(同押号の二)、「元年分所得税必要書類綴」と表題のあるノート一冊(同押号の三)、昭和六二年肉用牛売却証明書一束(同押号の四)、昭和六三年肉用牛売却証明書一綴(同押号の五)、肉用牛売却証明書(元年分)一束(同押号の六)、肉用牛売却証明書一袋(輪ゴムでとめてあるもの二四束)(同押号の一〇)によれば、次の事実が認められる。
(一) 被告人は、昭和六二年には、合計七一一頭の肉牛を販売しているが、このうち京都中央畜産株式会社(以下「京都中央畜産」という。)に対しては五四四頭を総額五億五七六〇万八八五七円で、大阪市食肉市場株式会社、立川食肉株式会社、塩尻市農業協同組合、ロイヤルフーズ株式会社、長野県農協直販株式会社及び有限会社中信家畜に対しては合計一六七頭を総額一億七一九七万五五七三円で、それぞれ販売した。ところが、被告人は、同年分の確定申告に際し、京都中央畜産以外の取引先から売却証明書を取り寄せず、確定申告のためのノート(平成四年押第一六号の一)には売上頭数を五三八頭と記載し、京都中央畜産から取り寄せた売却証明書と共にそのノートを税理士森川諒三(以下「森川」という。)に渡して同年分の確定申告書の作成を依頼し、森川に、売上は五三九頭であり、収入金額は五億二八三一万三一五八円であるとする確定申告書を作成させた。
また、被告人には、同年分の雑収入として、家畜共済金あるいは出荷奨励金等合計二八〇八万二六六三円の収入があったにもかかわらず、この旨右ノートに記載せず、また森川にも説明せず、収入として確定申告書に計上させなかった。
(二) 被告人は、昭和六三年には、合計六八九頭の肉牛を販売しているが、このうち京都中央畜産に対しては六〇六頭を総額七億三四〇九万二六六〇円で、立川食肉株式会社、塩尻市農業協同組合、長野県農協直販株式会社及び有限会社中信家畜に対しては合計八三頭を総額八一五五万三七一〇円で、それぞれ販売した。ところが、被告人は、昭和六三年分の確定申告に際し、京都中央畜産以外の取引先から売却証明書を取り寄せず、確定申告のためのノート(同押号の二)には売上頭数を六二一頭と記載し、京都中央畜産から取り寄せた売却証明書と共にそのノートを森川に渡して同年分の確定申告書の作成を依頼し、森川に、売上は六二一頭であり、収入金額は六億四七六九万九二二四円であるとする確定申告書を作成させた。
また、被告人には、同年分の雑収入として、前記同様に家畜共済金等合計三二一九万八九三五円の収入があったにもかかわらず、この旨右ノートに記載せず、また森川にも説明せず、収入として確定申告書に計上させなかった。
(三) 被告人は、平成元年には、合計七八二頭の肉牛を販売しているが、このうち京都中央畜産に対しては七五四頭を総額八億一五一七万〇九一一円で、塩尻市農業協同組合、東京食肉市場株式会社及びロイヤルフーズ株式会社に対しては合計二八頭を総額二三七九万四七五五円で、それぞれ販売した。ところが、被告人は、平成元年分の確定申告に際し、京都中央畜産以外の取引先から売却証明書を取り寄せなかった上、京都中央畜産から取り寄せた売却証明書のうち同年九月一四日付売却証明書一四枚及び同年一二月一五日付売却証明書一四枚の合計二八枚を除いた分と売上を記載していない確定申告のためのノート(同押号の三)を資料として森川に渡して、確定申告書の作成を依頼し、森川に、売買仕切書(同押号の八、九)あるいは京都中央畜産から取り寄せた売却証明書(同押号の六)の一部を基に算定させ、販売代金が七億六五七四万六二八八円であるとする確定申告書を作成させた。
また、被告人には、同年分の雑収入として前記同様に家畜共済金等合計二九五四万一二四四円の収入があったにもかかわらず、この旨右ノートに記載せず、また森川に対しては事故牛による損害が大きいので雑収入として計上しないよう説明し、右収入を雑収入として確定申告書に計上させなかった。
(四) 被告人は、昭和五一年ころから京都銀行京都駅前支店に「橘健一」名義の仮名預金口座を開設し、昭和六二年ないし平成元年の間も、出荷奨励金や京都中央畜産への売上金の一部を入金させている。
右認定事実によれば、被告人は昭和六二年分ないし平成元年分の所得税の確定申告にあたって、確定申告のために作成したノートには事実と異なった記載をした上、それを森川に資料として渡し、また、収入額を確定するために重要な資料である売却証明書等の一部をことさら除外して森川に渡していること、かつ売上金の一部を仮名預金口座に入金し収入の一部を積極的に秘匿しようとしていたことが認められる。
なお、京都中央畜産以外の取引先への売上が計上されていなかった点に関し、弁護人は、八十二銀行村井支店の被告人名義の口座には京都中央畜産以外の取引先からも送金があり、森川に確定申告書の作成を依頼した際にその通帳も同人に渡しているのであって、京都中央畜産以外の取引先への売上を除外する意思はなく、また、京都中央畜産に対する売上の一部が漏れていた点は、被告人の記憶にしたがって受託販売牛分に係わる売却証明書を除外して森川に渡したことによるものであるから、いわば計算ミスと同じ様なものであるなどと主張し、被告人も当公判廷において右主張に沿う供述をする。
しかしながら、森川は第五回公判で、被告人から預金通帳を見せてもらっていない旨供述していること、仮に被告人に正しく申告する意思があったとすれば、子牛の仕入れから肉牛の販売等外部との取引を自ら直接行い、事業の概要をすべて把握していた被告人において前記(一)、(二)のように確定申告のため作成したノートに実際の金額と著しく異なる金額を敢えて記載するはずがない上、確定申告書の作成を依頼した森川に京都中央畜産の売却証明書を渡す以上は、他の会社の売却証明書も取り寄せて準備しておくのが通常だと考えられるが、本件各年分については京都中央畜産以外の取引先から売却証明書を取り寄せておらず、また森川に京都中央畜産以外の取引先があることを何ら説明していないこと、関係証拠によれば、森川は、平成元年分の販売金額を集計するにあたり、被告人から渡された売却証明書をホッチキスで止めながら集計作業を行ったことが認められるところ、被告人宅から押収された平成元年分に係わる売却証明書(同押号の六)の中にはホッチキスで止められておらず、森川の集計作業に供された形跡のないものが存在することなどに照らし、被告人に京都中央畜産以外の取引先への売上を除外する意思がなかったとはいえない。また、右事情のほか、前記(一)、(二)で認定したとおり、被告人自身が確定申告のため作成していたノート記載の昭和六二年分及び昭和六三年分の各売上金額は、いずれも実際の売上金額よりおよそ二億円も少なく、この差額が単なる計算ミス等の単純なミスに起因しているとはおよそ考え難く、これらの諸事情に照らすと、弁護人の右主張に沿う被告人の公判供述は信用できず、その他関係証拠を検討しても弁護人の右主張を裏付ける証拠はない。
また、仮名預金口座の点に関して、被告人は、同人の出張中子牛代金の支払いの必要が生じたときに支払いの手段として使用するために開設したものである旨供述するが、そうであるならば敢えて仮名にするまでの必要性はないものと思料され、かえって同口座から多額の預金が引き出されて定期預金に預け替えられており、しかもその定期預金の名義も仮名にしようとしていたことなどに照らし、被告人の右供述は信用できない。
2 ほ脱の故意の有無について
前掲関係証拠によれば、次の事実を認めることができる。
(一) 被告人は、永年の畜産業者としての経験から、肉牛一頭当たりの利益は、成牛の販売価格-(子牛の仕入れ価格+三五万円)で算出でき、したがって、この金額を前提にして各年の販売牛一頭当たりの平均的な利益金額を算出し、これに販売頭数を乗じた金額から減価償却費等を控除したものに、雑収入を加算して各年分のおおよその所得金額を把握しており、昭和六二年分から平成元年分までの各年では約一億五〇〇〇万円の所得があったと認識していたこと。
(二) 昭和六二年分ないし平成元年分の被告人の実際の各所得金額は、それぞれ約一億七八〇〇万円、約一億七九〇〇万円及び約一億四八〇〇万円であったこと。
(三) 被告人は、確定申告書の作成を依頼した森川から右各年分の確定申告書の内容についての説明を受けた上、右各年分の確定申告書に自ら捺印しまたは葵紀久子をして捺印させたこと。
右認定事実に前記1の各事業を総合すると、被告人は実際の所得金額に見合うおおよその所得金額を認識しつつ、前記1(一)ないし(四)の不正な行為を行うなどして、それよりはるかに低い金額を所得金額として申告していることが認められるのであるから、被告人においては、相応の所得税を納付すべき義務が生ずることを知りながら、不正行為によってその義務を免れようとした意思があったことは明らかであり、ほ脱の故意が存したことは優に認めることができる。
弁護人は、売上の一部を除外したり雑収入を計上しなかったのは、確定申告書に計上しなかった事故牛等の経費の方が多額であったからであり、被告人にはほ脱の故意はなかった旨主張し、これに沿う被告人の公判供述もあるが、被告人の右供述は、同人の検察官調書(乙四)及び質問てん末書三通(乙一、二〇、二三)によって認められる供述経過等と対比し信用できず、他に右主張を裏付ける証拠はない。
四 税務職員であった森川の指導との関係について
弁護人は、昭和五七年分の所得税の事後調査に当たった森川の指導に従って収支計算による所得税の申告をしてきたから故意がない旨主張するところ、被告人は自ら前記三で認定したような方法を行った上で、本件各年の確定申告を行ったものであって、そのほ脱行為とその結果についての認識、認容に欠けるところがなく、右主張の法的観点は必ずしも明らかではないが、まず、事実関係についてみると、被告人の公判供述、検察官調書(乙二)及び質問てん末書(乙七)、第五回公判調書中証人森川諒三の供述部分、申告所得税調査関係書類つづり一綴(平成四年押第一六号の一三)、昭和六二年分の修正申告書(弁二七)、昭和六三年分の修正申告書(弁二九)、平成元年分の修正申告書(弁三一)を総合すると、被告人は、昭和五七年分の所得税につき、措置法二五条の方法を選択して確定申告したが、昭和五八年九月ころ、当時税務署職員であった森川の事後調査を受けたこと、森川は、京都中央畜産発行の売却証明書をもとに一〇〇万円以上の牛に係る売上を把握し、所得税額を六〇二万一五〇〇円と算定し、被告人に修正申告をさせたこと、しかし、被告人は、昭和五九年三月ころ、森川に対して通常の収支計算の方法でやり直せないか相談をしたところ、森川は被告人に対し更正請求のあることを教示し、調査を行い、収支計算による税額を一九〇万五四〇〇円と算定したこと、森川の調査は、棚卸について本件のような厳密な調査をしなかったことから右のような計算結果になっているが、被告人は、通常の収支計算であっても、その程度で税務署が確定申告を認めてくれるのなら、収支計算の方が得策と考えるようになり、昭和六二年分ないし平成元年分の確定申告に当たって、収入金額と必要経費についてノートにまとめるなどした上、そのころには税理士をしていた森川にこれらを渡し、通常の収支計算の方法による確定申告を依頼するようになったことが認められる。
右認定の事実関係によれば、収支計算による税額の確定ができないかを打診したのは被告人の方であり、森川がその計算(但し、その計算には家畜費相当額の考慮を失念した計算違いがある。)結果をもとに被告人に収支計算による申告をするよう仕向けたものとは認め難いのであって、弁護人の右主張はまずその前提を欠くものである。
仮に弁護人の右主張が森川を信頼していたので、違法性の意識がなかったという意味であるならば、違法性の意識がなかったことをもって故意を否定できないのであるから、この意味においても右主張は採用できない。
また、弁護人は、森川が収支計算の基礎となる棚卸をきちんとせず前記税額を算出していたことから、専門知識のない被告人において棚卸をしなくても確定申告に問題がないと考えて本件の申告をしたのであるから、棚卸をしなかったことに起因するほ脱部分の故意は認め難い旨主張しているようにも理解されるので、この点についても判断を加えると、収支計算により税額を確定する場合、棚卸が必要であることは所得税法の規定するところであり、弁護人の右主張は結局は法の不知を主張するものであって、法の不知によっては故意が阻却されないことは明らかであるから(刑法三八条三項)、右主張も採用できない。
(法令の適用)
罰条
判示の各所為 所得税法二三八条
刑種の選択 いずれも懲役と罰金とを併科
併合罪の処理
懲役刑 刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の最も重い判示第一の罪の刑に法定の加重)
罰金刑 刑法四五条前段、四八条二項
労役場留置 罰金刑につき刑法一八条
執行猶予 懲役刑につき刑法二五条一項
訴訟費用の負担 刑事訴訟法一八一条一項本文
(量刑の理由)
本件は、畜産業を営む被告人が、判示の不正行為により、三年間にわたって所得税合計約二億五〇〇〇万円を不正に免れた事案である。そのほ脱額は巨額であり、ほ脱率も三年間の平均で九四・五パーセントという高率であって悪質な犯行といわざるを得ず、誠実な納税者の税の均衡負担の意欲を阻害することは甚だしいものがある。被告人は、昭和五七年分の所得についての事後調査を受けた際にも、京都中央畜産以外への売上が存在することを打ち明けず、昭和六二年分ないし平成元年分についても、依頼した税理士から資料の提出を再三要請されてもこれに応じないなど誠実に納税しようという意思に欠けていたものといわざるを得ない。本件の脱税によって捻出した利益は、事業の拡大や私財形成に振り向けられているのであって、犯情が芳しくないこと、それにもかかわらず、被告人は、公判においては、本件の責任の全てを森川税理士に転嫁し、不自然な弁解に終始するなど反省の態度が窺えず、これらの諸点を考慮すると、被告人の本件刑事責任は重いものがある。
他方、被告人は、売上の一部を仮名預金に振り込ませるなどしたものの、確定申告書の作成を依頼した税理士に書類の一部を渡さなかったり、虚偽の説明をした程度であって、ほ脱方法としては比較的単純であり、狡猜な手段を弄していないこと、元税務署職員であった森川税理士が、専門家として、毅然とした指導をするなり、被告人の依頼を拒否するなどしなかったことから本件のような事態に至った面もみられることなど被告人のために酌むべき事情も認められる。
そこで、これらの事情や被告人の年齢、境遇、資力、その他諸般の情状を相互検討して主文掲記の刑を量定し、懲役刑については、今回に限り、その執行を猶予することとした。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 仲宗根一郎 裁判官 松嶋敏明 裁判官和久田斉は、転補のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 仲宗根一郎)